開催日時:2020年1月17日(金)14時~15時30分
会 場:関西学院大学大阪梅田キャンパス14階1405号室
講 師:水野 隆一 関西学院大学 神学部教授
- 聖書の物語と文化
聖書には物語としての普遍性がある。
聖書は、ヨーロッパ・アメリカ文化の根底にある「基本の物語」
⇒様々な「語り直し」(“re‐telling”)を生み出す。=読み手は様々な解釈をすることができる。
●キリスト教(会)は読み方をコントロールしようとして「正しい読みかた」を提示しようとしてきた。
●芸術は、時にキリスト教のコントロールから外れて自由に物語の解釈を描いている。
ふたつの読みは相互に影響を与え合ってきた。比較することで聖書の物語を想像力で読むことができる。
- 聖書の洪水物語
人間の悪に心痛めた神は動物もろとも人間を滅ぼし尽くそうとしたが、ノアを「義人」と認め箱舟を作ることを命じた。すべての動物のつがいとノアの家族が箱舟に入り、洪水によって生き物が滅ぼされた後、新しい世界での人間と動物の祖先となった。(創世記6~9章)
●アメリカでは洪水物語は普遍的なものとしてとらえられる。
生協などでの女性同士の会話
「よく降るはねえ、まるでノアの洪水のよう」⇒ノアの洪水物語は普遍的なものとなっている。
●メソポタミアの洪水物語と似ている
とりわけ『ギルガメッシュ叙事詩』との類似
●混乱した物語である
動物の数や、雨の降った日数、洪水の続いた期間など諸説違いがある。
●奇妙なプロローグとエピローグ
・プロローグ:「ネフィリム」神の子らが人の娘たちに産ませた子。地上に悪が増した。(6:1~4)
・エピローグ:ノアの泥酔とカナンへの呪い「カナンは呪われよ」奴隷の奴隷となり兄たちに仕えよ。(9:18-27)
- 人間の悪(ノアのはこぶねの発端)
「主は、地上の人の悪が増し、常に悪いことばかりを心に思い計っているのをご覧になって地上に人を造ったことを後悔し、心を痛められた。(創世記6:5~6)
●地上の人の「悪」が増した⇒「悪」について具体的な言及はない。
・「ネフィレム」神と人との子との関係か?
・レメクの時代「復讐法」⇒目には目を歯には歯を
●「常に」悪いことばかりを心に思い計っている人、人間一般をさすのか、特定の個人なのか?
- 絵本『ケムエルとノアのはこぶね』
ディック・ブルーナ作(松岡享子訳)福音館書店、1999年)
(Dick Bruna, Ruben en de Ark van Noach 1998)
毛虫のケムエル(原作ではリューベン、英訳ではカレブ)を語り手とするはこぶね物語。ケムエルは蝶になることを夢見る。
- ノアの「儀」
「その世代の中で、ノアは神に従う無垢な人であった。ノアは神とともに歩んだ。」(創世記6:9)
・「神に従う」⇒神との契約に基づいて行動する
・「無垢な人」=「完全な人」⇒人間の「悪」と対称的に描かれているが曖昧である。ノアの描写も抽象的である。
6 生き物の滅亡
「地上で動いていた肉なるものはすべて、鳥も家畜も獣も地に群がり這うものも人も、ことごとく息絶えた。乾いた地のすべてのもののうち、その鼻に命の息と霊のあるものはことごとく死んだ。」(創世記7:21~22)
●ノアとその家族以外は滅ぼされた。責任があるものはだれか。
●責任のないものも一緒に滅ぼされるのは「義」か。
7 ノアの義
「その世代の中で、ノアは神に従う無垢な人であった。ノアは神と共に歩んだ。」(創世記6:9)
●「神に従う」⇒ノアは神との契約に基づいて行動する人である。
●無垢な人⇒「完全」な人 人間の「悪」と対照的に描かれているがあいまいであり、ノアの描写も抽
象的である。
8 ノアへの約束と「虹」
神は言われた。「わたしが地の上に雲を湧き起らせ、雲の中に虹が現れると、わたしは、わたしとあなたたちならびにすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた契約に心を留める。水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない」(創世記9:14~15)
「虹」や「オリーブの若枝を加える鳩」は「平和の象徴」とされている。
●神は二度と洪水を起こさないと約束するが、それは、「人が心に思うことは、幼いときから悪い」ことが分かったから(創世記8:21)
「地上に人の悪が増し、常に悪いことばかりを心に思い計っているのを御覧になった」(6:5)のではなかったか。
9 20世紀におけるユダヤ人の苦しみ
●聖書の物語には苦しみからの解放を語る物語がある。
●ユダヤ人は20世紀に受けた自分たちの苦しみ(映画:ショアー[ホロコースト])を、これらの物語に重ね合わせた。
●洪水物語も悪の世界からの脱出と解釈された。
10 映像化された洪水物語
洪水物語は映画化されている。(映像で紹介)
- 「天地創造」(1966年)
監督:ジョン・ヒューストン
制作:ディノ・デ・ラウレンティス
脚本:クリストファ・フライ
音楽:黛 敏郎
乱れた地球をリセットするため神はノアに箱舟を作ることを命じる。
映像はノアの家族が周囲の蛮人から嘲笑されながらも一途に巨大な船を製作する姿を映す。
ノアとその家族は普通に描かれているが、他の住人は野蛮に描かれている。
- 「ノア-約束の船」(2014年)
監督・脚本・製作:ダーレン・アノロフスキー
出演:ラッセルクロウ(ノア)、ジェニファー・コネリー(妻)、エマ・ワトソン(セムの妻)
箱舟の甲板で、ノアは息子の子、二人の赤子を殺そうとする。神からの指示だ。妻と娘はやめるようにノアに請うが、神の指示だとナイフで刺そうとする。しかし最後は殺すことができなかった。
反したことに対し、神からは何の反応もなかった。なぜ殺すように指示したのだろうか。
11 聖書の洪水物語 ~現代的問題~
- 「神が裁きのために自然災害を用いる」
自然災害の被害者は「罪人」なのだろうか。自然災害の被害者を「罪人」にしてしまう可能性。
- 人間の「悪」が一般化せれている
⇒個人の違いは考えられていない。 救われる人⇔悪い人
3.11の大震災を経験した私たちは、洪水物語をどのように読み直していくのか、問われている。
12. 『世界は終わらない』
ジェラルディン・マッコラン著(金原瑞人、段木ちひろ著訳)主婦の友社、2006年
●ノアの「狂信者」ぶりと、それに従う家族の問題を、誘拐されてきて箱舟にのせられた少女「ツイラ」の視点から描く物語。
●箱舟には小さな赤ん坊を連れた少年と少女が潜んで密航している。
●ノアの家族のほかにも船を作って生き延びた人々があり、ツイラとヤフェト、密航者の子供たちは箱舟から出て、その人々と生きる。
以上、創世記「ノアの箱舟」の物語についての考察してみた。